読込中

あったかもしれない、もう一つの未来や世界

「あたかも」の話

以前、テストの「迷解答/珍解答」が集められた記事を目にしたことがあります。お父さんやお母さん、もしくは先生をしている人たちから、子どもたちのおもしろ解答が集められていました。私がとくに気に入り今でも覚えているものに、「『あたかも』を使った文を考えて書きなさい」という国語の問題に対して、「戸棚にケーキが『あたかも』しれない」という解答があります。それを書くなら「『あったかも』しれない」ですし、そもそも「あたかも」の意味を理解できていないので、テストの解答としては不正解でゼロ点です。でも、私が採点者ならば間違いを指摘した上で、テストとは別のボーナス(おまけ)点をあげたいと思いました。おまけの理由は、「あたかも」が分からなくても空欄で出さなかったことや、駄洒落とはいえ考えて解答したこと、つまり大喜利要素とガッツ(諦めない気持ち)を評価したかったからです。あたかも自分が、うんうんと頭を捻って解答欄を埋める子供の様子を目の当たりにしたような、微笑ましい気持ちになりました。

「あったかも」の話

物語には、さまざまなジャンルがある中で「あったかも知れない、もう一つの未来や世界」の話はずっと人気があるように感じています。リアルな人生では「たら/れば」のケースを知ることができないからこそ、「もし、あのとき〜を選んでいたら」や「もし、あのとき〜になっていれば」現在や未来は違ったのではないか、と誰しもが想像するからかも知れません。SF的にタイムリープを駆使して「あのとき」に戻ってやり直そうとしたり、「あのとき」の時点では可能性としては存在した、もう一つの現在をパラレルワールドとして体験したり、そのような人気作品を挙げればきりがありません。一過性のブームではなく、もはや定番の物語の形だと思われます。ところで、以前勤めていた塾の同僚が今年、児童文学作家としてデビューしました。そのデビュー作も、ある意味「あったかも知れない、もう一つの世界」の物語でした。タイトルは「トモルの海」、著者は戸部寧子です。

「トモルの海」

「あったかも知れない、もう一つの未来や世界」の話の中でも、タイムリープによって何度も「過去をやり直す」ような物語は、主人公たちの目指す理想的な結末に辿り着くことが難しく、どうしてもダークな展開になってしまうケースが多いように感じます。一方で、今回ご紹介する「トモルの海」は過去をやりなおす話ではないこともあり、晴れた日の海のようにキラキラと明るく、とても穏やかで温かな物語です。小学5年生のトモルはとにかく野球に夢中で、時間があれば1人でも壁を使って練習したり、夢の中まで誰かとキャッチボールするような男の子です。高校野球も大好きで、春の選抜で見つけた堅守が特長の高校を熱狂的に応援しています。その学校が夏の甲子園にも出場すると知って、大いに盛り上がりつつ夏休みを迎えます。友達から聞いた「おばあちゃんち」の話に興味を抱き、自分も夏休みは「おばあちゃんち」で過ごしてみたいと、初めて祖母の家を訪れ滞在することになるのですが。というのが、物語の導入部分です。子供にとっては、夏休みに親元を離れて「田舎のおばあちゃんち」に行くという経験は、実はとても身近な冒険なのかも知れません。ささやかなトモルの冒険は、滞在先で知り合った年上の少女めぐるちゃんとの交流によって、忘れがたいものとなります。子供目線の新鮮な体験の数々が、実にみずみずしい文体で描かれています。2023年12月に出版されたばかりなので、興味のある方はぜひ手に取ってみて下さい。

「タコピーの原罪」

タコピーの原罪」は、以前勤めていた塾で担当していた生徒に「最近良かった漫画」として教えてもらったものです。こちらは、周囲の人から愛され守られた理想的な環境で未知の体験をする「トモルの海」とは対照的で、最も保護されるべきはずの子供が、誰からも救いの手を得られない絶望的な状況に置かれているところから始まるため、「R指定」をつけた方が良さそうです。いじめや暴力、ネグレクトに晒されている女の子の前に、ハッピー星から来たという地球外生物が現れ、女の子を救うために「ハッピー道具」を使って七転八倒する展開です。ダークな「ドラえもん」との呼び声の高い作品で、先述したタイムリープを何回も繰り返し、過去を何度やり直しても上手くいかないタイプの物語です。そんな絶望の果てにどのような結末が待っているのか?コミックスは上下巻で完結するので、やや駆け足な印象はあるものの、個人的には「進撃の巨人」をギュッとコンパクトにまとめたような作品だと感じました。敵対するもの同士が、実はとてもよく似た境遇にある(虐げられている)点や、「対話の重要性」をテーマのひとつとしている点などが共通項として挙げられます。残酷な内容から年齢制限は必要ですし、広く誰にでもお薦めできるタイプの物語ではありませんが、私は面白かった、と作品を教えてくれた生徒に伝えたくて取り上げました。

記事タイトルあったかもしれない、もう一つの未来や世界
掲載日2023年12月23日
カテゴリー
表示数 290views