テセウスの舟
白熱するロレックス人気
昨今、ロレックスにまつわる詐欺事件に注目が集まりました。価格面や技術面において、もっと高級な腕時計ブランドは他にもありますが、ロレックスは代名詞でもあるオイスターケースによる耐久性と、比較的シンプルなデザインによって日常使いしやすいところが、王道の高級ブランドとなっている所以だと思います。またロレックスは、少し前までは「金」と同様に、かなり長期間にわたって値崩れすることなく少しずつ価値が上昇してきた点で、資産価値の高いものとして知られていました。ところが近年、中国人富裕層などによる爆買いの影響か、これまでとは違う(あまり感心しない)形で価格が高騰してしまったことが、詐欺事件の背景にあると感じました。
正規品とは?
ところで、ロレックスは永久メンテナンスを有料サービスとして行なっています。信頼性のある有名メーカーでも、販売年度の古い商品については(時計に限らず家電などでも)、部品の在庫がないことを理由に修理を断られることがよくあります。ロレックスは古いものでも部品を確保しており、いつまでもメンテナンスしてくれる点は、SDGs的な観点からも素晴らしいと思います。一方で、例えば地元の時計修理店などで修理を行い、部品交換してしまうと、ロレックス側から「正規品ではない」と判断されてしまうという落とし穴があります。祖父母や両親から引き継いだロレックスを、メンテナンスしようとしてロレックス販売店に持ち込んだ際に、よく起きてしまう事例です。コピー品(偽物)とは全く違うはずなのですが、部品が1つでも純正品ではないだけで「正規品として認められない」と言われると、ショックですよね。
テセウスの船
「部品が1つ違うと、別物になってしまうのだろうか?」という疑問は、「テセウスの船」と似ていると思いました。「テセウスの船」=テセウスのパラドックスは、ある物を構成する部品が全て他のものに置き換えられたとき、最初の物と今の物は「同じもの」と言えるのか、という哲学的な問題です。ロレックスの販売店に「部品1つくらいで正規品と認めないなんて」と物申したくなるものの、ならば交換(社外)部品は、幾つまでなら正規品として認められるだろうか、と考え出すとその判断の難しさを痛感します。ブランドやメーカーとしては、動作や真贋を保証をする以上、「1つでも違えば、違う」というライン引きをするのは妥当なことかも知れません。
実用品の扱い
私自身は、もっと庶民的なところで「これってテセウスの船じゃないかしらん」と思ったことがありました。「ビルケンシュトック」というサンダル(靴)メーカーも、ソール(靴底)だけでなく、中敷やアッパー(足の甲を覆う靴の上部)までパーツごとに交換修理をしてくれます。愛用していたサンダルのパーツ交換を何度か行ない、そろそろまた修理しようと検討していたある時、初めに買ったときのパーツがとうとう全く残らなくなることに気づきました。それならば、同じデザインのものを「新しく買えばいいじゃん」と結論づけて、サンダルを新調しました。パーツ交換を何度かした結果、1足分以上の値段になっていたことも理由です。しかし靴の場合は、少しでも自分の足に馴染んでいる部分が残っている方が歩きやすいので、パーツの交換の方が良かったのだと後から気づきました。
歴史あるものの扱い
しょうもない私のサンダルと「テセウスの船」との違いは、テセウスは神話の英雄であり、その船は伝説上で価値あるものだという点です。そのような、例えば歴史的価値の高いものについては、古くなったからと言って単純に新しい部品と交換すればいいとも限らず、しかし保存はせねばならずで、修復や修理の際には悩ましい選択を迫られるに違いありません。
個人の歴史
ルイ・ヴィトンも、ロレックスのように永久リペアのサービスがあります。かなり前になりますが、同僚にヴィトンの財布を見せてもらったことがありました。その財布は「娘と息子が高校生だった頃に、2人でプレゼントしてくれた」ものだそうで、「もう何回リペア出したか分からんわ」という言葉どおり、年季の入った、でも大切に使われていることが分かるものでした。私には、新作のピカピカのヴィトンよりずっと格好よく見えました。どうにかして残したくなる「歴史的価値のあるもの」は、個人のレベルにも存在すると思います。そして、そのようなものを持っている人生は、とても豊かではないかと感じています。
記事タイトル | テセウスの舟 |
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掲載日 | 2024年3月30日 |
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