対話と議論

「対話」が機能しないのはなぜか
「対話」という言葉を、ビジネスシーンや社会問題の解決策として耳にする機会が増えました。しかし、実際に対話がうまく機能している場面はそれほど多くないと感じています。「対話」の重要性を理解しながらも、いわゆる「話が通じない人」、例えば立場や考え方が違う人、育った時代や環境が違う人、議論や対話をしようとしない人に出会ったときに、遣る方無い無力感に苛まれている方は多いのではないでしょうか。
本稿では、中原淳著『「対話と決断」で成果を生む 話し合いの作法(2022年、PHPビジネス新書)』の内容をベースに、対話と議論についてまとめました。
議論について
不確実な時代に「議論」が必要な3つの理由
前提として、なぜ私たちは今「対話」や「議論」の方法を学ぶべきなのでしょうか。その理由は、私たちが生きるこの世界の特性にあります。
1:予測不能な世界を生き抜くため
気候変動やAIの進化、地政学的な変化など、私たちは過去の経験則が通用しない、正解のない問題に次々と直面しています。こうした不確実な世界で、対立を生むことなく新しい道を切り拓くには、多様な知恵を活かす「議論」が不可欠です。
2:多様性を受け入れるため
同質性の高い環境で生きてきた私たち日本人は、異なる価値観や文化を持つ人々と向き合う経験が乏しいと言われています。世代間格差や収入格差の拡大、グローバル化が進む現代社会で、誰もが安心して暮らせる社会を築くためには、多様な意見を尊重し、建設的に意見を交わす「議論」の技術が求められます。
3:民主主義を維持するため
多くの課題を抱えながらも、民主主義は人類がたどり着いた最も優れた政治システムのひとつです。このシステムを健全に保つためには、市民一人ひとりが社会の問題について深く考え、意見を表明し、合意を形成する「議論」がより一層重要になります。
「対話」と「議論」の違いを理解する
「対話」と「議論」は混同されがちですが、対話は議論の一部を指します。議論は「対話」以外に、「決定(決断)」の要素も含みます。
議論=対話+決定
つまり「議論」とは、参加者が対話を通じて多様な意見を出し合い、最終的に何らかの決定に至るプロセス全体を指します。「対話」も「決定」も、どちらか一方が欠けていては「議論」は成立しません。
対話について
対話の目的は「共通理解」である
対話は、互いの考えを表明し、耳を傾け合うことで、相手の考えや背景にある価値観を理解し、共通の土台を築くことを目的とします。
対話は講演や指導、業務連絡や報告のように、一方向で行われるものではありませんし、立場や役割を踏まえて行われるものでもありません。
また、対話だけで物事がすべて解決するわけではないことも覚えておくべきです。
対話のやり方と心構え
- 何について対話をするのか:すでに結論が出ていることや、明確な正解があることについて対話をする必要はありません
- 全員が発言する機会を持つ:立場や役職に関係なく、参加者全員が意見を表明できる時間を設けます
- フラットな関係性を築く:立場や役職に関係なく、参加者全員が自由に発言できる雰囲気を作ります
- 当事者としての自分:参加者全員が自分ごととして問題に向き合い、積極的に「自分」を出しながら議論に参加します
- Here and now, be present.:過去や未来ではなく、「今とここ」に意識を集中する
- 他者の合理性を理解する:他の人の意見の中に合理性を見出すよう努めます
- 自らの考えに疑いを持つ:自分の意見が唯一の正解ではないことを自覚します
良くない対話の例
- 他人の意見に噛みついたり、発言を遮ったり、その場で評価したりする
- 一般論やべき論(〜すべきという論調)に終始する
- 「みんな違ってみんな良い」に終着する
- アンケートを対話の代替にする
決定について
決定する
議論では、対話を経て、何をするかやどうするかを決定しなければいけません。
決定のやり方
- メリットとデメリットを明らかにする:各案のメリットとデメリットをできる限り出します
- 誰が決めるかを決める:「参加者が話し合い、参加者が決める」ことで、初めて対話が活かされます
- いつ決めるかを決める:意見が出尽くし、対話が飽和したら決定のプロセスに移行します
- どのように決めるかを決める:多数決など、どのように決めるかを決定方法を決めておきます
いろいろな決め方
- 全員の合意形成
- 多数決
- 多段階の多数決
- スコアリング
主体的なフォローと実行が大切
対話を含んだ議論の結果である決定には、関係者全員が主体的に従い、遂行していく必要があります。
きちんと対話をして、きちんと決定して、きちんと実行する
議論は問題を解決するために行われます。どんなコミュニティでも、どんなプロジェクトでも、議論をする機会はあるはずです。しかし、対話がきちんと行われていない、決定がきちんと行われていない、そして実行がきちんと行われていないと、議論そのものが無意味になってしまいます。有意義な会議を行ったり、不満の少ない組織を運営したり、事業を継続的に改善したりするには、きちんとした議論ができることが大切です。