経験や背景の違いを超えるには:1
経験にまつわるエピソード
若手起業家
IT業界に就職し数年勤めた後、20代で起業した男性がいました。彼は仕事を獲得するために、いろいろな方法で営業活動を始めました。大抵はリアクションがないか門前払いでしたが、いくつかの会社に提案をきいてもらえる約束を取り付け、名刺と資料を持って営業に向かいました。当日、社長が直接会ってくれることになり、名刺を交換した直後、こう言われました。「なんだ、若い社長さんだな。キミのようなやつに任せられる仕事はないよ」
就職活動
大学卒業後、保育士をしていた女性が、30歳を前に「別の仕事もしてみたい」と、保育士をやめてデザイン業界への転身を試みました。半年間の職業訓練を受け、いざ就職活動に望みましたが、どの会社も「経験者優遇」や「即戦力のみ採用」などを理由に採用を断られ、就職活動を始めてから1年が経った今でも就職できずにいます。
経営コンサルタント
銀行員になって3年、入社時に配属された部署で一通りの業務を経験した男性が、希望していた融資部門に移動となりました。初めての融資先はここ数年の経営状況が厳しい会社でしたが、この3年間で中小企業診断士の資格も取得していたため、自信を持って打ち合わせに向かいました。しかし、打ち合わせが始まって10分もすると、融資先の社長をはじめ、専務や部長達も男性の話をまったく聞いてくれなくなりました。社長いわく、「実際に経営をしたことのない若造に経営のことをとやかく言われるのは納得がいかない」
町おこし
東京で外資の経営コンサルタントや大手広告会社、シンクタンクを渡り歩いた男性がいました。男性はこれまでの経験を活かして町おこしに取り組みたいと思っていましたが、縁あってある地方都市に移住しました。しばらくして、市役所を中心としたいくつかのプロジェクトには参加することができましたが、どうにも手応えのある結果を出しているようには思えませんでした。ある日、市役所の職員に耳打ちされました。「もうあなたには来てほしくない、と地域のみなさんがおっしゃっています。ここの出身者ではない人の意見は信用が置けない、とのことです」
子育て
30代の女性はフリーランスとして働いていました。結婚はしていますが、夫婦で子どもを持たないことにしていました。学生時代から仲の良かった友達と年に何度か集まるのですが、話題は子どもの話ばかりです。ある日の集まりで、子育ての悩みを聞いた女性は、ちょうど自分が取り組んでいるプロジェクトに解決のヒントがあるように思えたので、それを踏まえた提案をしてみました。しかし、「子どものいない人にはわからないことだから」とけんもほろろな対応をされてしまいました。
経験がないこと、背景が違うことに関与することの難しさ
先に挙げたエピソードは、少し設定などを変えてはいますが、実際にあった出来事ばかりです。これらのエピソードには「経験がないこと、背景が違うことに関与することの難しさ」という共通点があります。
問題を解決するには経験があったり、背景が同じであるに越したことはないでしょう。しかし、古い経験が邪魔をしていることがあったり、経験に勝る知識や情報を軽んじたり、背景が違うだけで正解を不正解としてしまう悪いケースもありそうです。
各エピソードから推量できる問題:その1
それぞれのエピソードから推量できる問題は、次のようにまとめることができます。
若手起業家をあしらった社長の問題
- 若い人だからといって仕事ができない/信頼ができないとは限らないのに、それを判断する力を持っていない
- 内部でも外部でも、若い人と仕事をしない会社が10年後にどうなっているかを想像できない
経験者しか採らない会社の問題
- 社内で人材育成をしない、あるいはできない
- 即戦力を期待している割には未経験者が応募してくる程度に報酬の設定が低い
銀行の融資先の問題
- 学問として体系だった知識や情報と自分のビジネスとの連関が見いだせない
- 社長以下、同質の役員が集まっている
地域の人々の問題
- 排他的であり、客観的な視点をもつことができない
- 現在の人材で問題解決ができていない現状を受け入れていない
子育て中の友達の問題
- 同じ境遇の人しか悩みを共有できないと思っている
- 子育てや子どもに関する問題解決を特別なものだと思い込んでいる
各エピソードから推量できる問題:その2
一方で、経験のないことや背景が違うことを理由に距離を置かれた人たちも次のような問題がありそうです。
若手起業家の問題
- 若さやフレッシュさを自分のセールスポイントにしている
- 経験のないことを埋め合わせられるだけの他の武器を用意していない
保育士だった女性の問題
- 今から転職する業界の現状を調査していない
- 未経験でも採用したいと思わせる魅力がない
銀行員の問題
- 融資先の求めるものとは違う提案ばかりした
- 融資先のプライドを傷つけた
シンクタンク出身の男性の問題
- 何らかの理由で地域に溶け込めていない
- 地域の人々に「ちょうどよい」と思わせる提案ができていない
フリーランスの女性
- 求められていない提案を求められていないタイミングでしている
- 所属するコミュニティを間違っている
経験や背景の違いを超えるために
昔から「百聞は一見に如かず」などのことわざがあるように、経験はとても大切なことです。しかし、現代において、我々が解決したいと思っている問題は複雑であり、経験があるだけのチームでは立ち向かえないことのほうが多いように思います。経験は大きな武器です。一方で、座学で得た知識や熱意も大きな武器なのです。エピソードとして挙げた両者は、その武器を活かす機会を逃しています。また、「同類相求む」ということばや、「同郷」「同心」という言葉があるように、同じ背景であつまると心地よく、相互に信頼が得やすいのも確かでしょう。しかし、背景の似通ったメンバーで揃えることは強みであり、同時に弱みでもあるのです。
相対的に経験がある側や、コミュニティ内でメジャーな側は、新しいものを取り入れることや、外部や未経験者の意見を採用することが大切です。新しいものと古いものとを結び付けられる想像力が必要なのです。
同時に、相対的に経験のない側や、コミュニティ内でマイナーな側は、座学だけでは得られない経験の価値を軽んじないことはもちろん、経験の差を埋めるためや背景を理解するための努力をし続けることが肝心です。こちらもまた、新しいものと古いものとを融合させる想像力が必要です。
記事タイトル | 経験や背景の違いを超えるには:1 |
---|---|
掲載日 | 2023年7月15日 |
カテゴリー | ブログ |
表示数 | 179views |