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リアルのチカラ

春は色とりどり

ただいま、山が萌えています。桜は、花が散っていくのと入れ替わりに若葉が芽吹き始めるので、そのまだ淡い葉っぱの緑を思い出してもらうと、山全体の「萌え」もイメージしやすいと思います。ただし山にはさまざまな種類の落葉樹があり、当然それぞれに違う若葉をつけるので、やわらかい緑色も実に多彩です。その上、常緑樹のはっきりとした濃い緑色も点在しているの見ると、「白って、200色あんねん」というアンミカさんの名言が頭をよぎり、「それなら緑は、もっと沢山の種類があるんやろうな」と1人で感心しています。

イメージの土台にあるもの

山の「近く」というより、ほとんど山の端っこ、麓(ふもと)に住むようになって、日本画を代表する画家、東山魁夷の絵画の素晴らしさが分かるようになりました。以前は有名な画家である、という認識だけで、その作品に対して大きな感動を抱いたことはありませんでした。また、彼がモチーフとしている日本の自然についても「心象風景を描いている」と解説されているとおり、確かにリアル(現実的)な印象よりもイメージ(想像上)の風景であるように見えていました。ところが毎日、山を間近で見ていると、時折「今日はめっちゃ東山魁夷みたいやん」と思うことがあるのです。さすがに絵本のような白い馬が、私の見ている山に佇んでいることはありませんが、山特有の静謐さや色彩が、東山魁夷の作品には見事に再現されているのだと感じました。「心象(イメージ)風景」とは言っても、画家当人の脳裏だけでなく、体の隅々にまで染みついているほどの体験や経験、記憶なのだと思います。

作りもののリアリティー

海外の画家の作品についても、同じような経験がありました。子どもの頃は「有名な作品らしいけど、ぼやーっとした退屈な風景画だな」などと失礼な感想を持っていたものでも、その絵が描かれた場所を知ると「(絵の)まんまやん!」と感心し、評価の高さに納得せざるを得なくなります。その土地特有の光の差し方や湿度などによる空気感、明暗のコントラストや彩度が巧みに表現されているからです。少し絵画から離れて、沢木耕太郎の代表作である「深夜特急」は、書かれてから40年になろうとする紀行小説ですが、その文章が放つ熱気は、紹介されている国や地域を直接知らなくとも伝わってくる迫力があります。筆者の経験の濃厚さが、文章の上手い下手を超えたリアル感や魅力を生み出しているのではないでしょうか。そして「深夜特急」の熱気こそが、いわゆる二次創作では決して実現できないものではないかと強く感じています。

どんぐりの手触りと自分の血の味

「うちの子は『となりのトトロ』が大好きで、DVDを100回以上は観ているんです!」というファンからのコメントに対して、宮崎駿さんが「そんなに観るもんじゃないんですけど」と返していたことを記憶しています。宮崎さんは、何回も見返してもらうために作品を作ったのではなく、「となりのトトロ」を観て、1度でいいから実際にどんぐりを拾いに行って欲しいのだそうです。絵画や文学、アニメーションなど素晴らしい作品が存在します。それらを堪能することも有意義ですが、それらをきっかけに実際に見てみる、触ってみる、とにかく経験してみることで、何かをより深く知ることができます。「書を捨てよ、町へ出よう」と寺山修司も書いています。「知ってる?血って鉄の味がするんだぜ」と松本大洋も描いています。ただ、走り回って転ぶのも、やってみる価値は十分なのです。何しろ春なのですから。

記事タイトルリアルのチカラ
掲載日2024年4月13日
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