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AIを嫌う人、AIに嫌われる人

2025年のAI

2025年は、AIの認知度が向上し、一般ユーザーの利用率も高くなった一年でした。合わせて、ChatGPT以外のAIが注目を浴びることも増えてきて、まさに群雄割拠の様相を呈しています。AIが普及の障壁(キャズム)を超えられたように見えるのは、AIの進化スピードの早さだけでなく、その可能性が受け入れられた証拠かもしれません。

AIを嫌う人達

このような状況であっても、頑なにAIを使用しない人、AIに嫌悪感を示す人が少なからずいます。想像通りではありますが、高齢の方、特に仕事を引退しているような方は、AIを積極的に使っていないようです。AIに考えさせたり、AIで効率化したりする必要がないライフステージにいる方達は、AIを使わない選択をしています。また、中年以下の世代であっても、AIをブラックボックスであると感じ、「なんだか怖いから使わない」という判断をしている人もいます。新しいもの、理解が及ばないものを忌避するのは当然ですので、無理してまで使う必要はないものなのかもしれません。

AIに嫌われる人

一方で、AIに嫌われる人も存在します。「嫌われる」というと語弊がありますが、色々な理由でAIと対立しなければいけない人達、構造的に対立する必要がある人達です。例えば、教育関係者は生徒や学生に対して、AIをどのように使うべきなのかを明確に示せていません。学習の本質を維持するために、AI利用の是非という正解のない問いとの闘いを強いられています。

また、宗教や哲学、コンサルティングやセラピー、研究などに従事している人の中にも「AIに嫌われなければいけない人」がいます。自分たちが主張してきた論説の中で、コンピューターを非難したり、自分で考えることや自分で決めること、人と人とのつながりこそが至高である、としてきた場合、AIを利用することはそれらを否定しかねないからです。これは、AIを使ってはいけないという見えない鎖に縛られている状態とも言えそうです。

嫌う人や嫌われる人の今後

おそらく、現在AIを嫌っている人、AIに嫌われる人は、長い時間をかけて状況を反転していくのではないでしょうか。それはこれまで、テレビやパソコン、インターネットやSNS、携帯電話やスマホが受け入れられていったのと同じ流れになりそうです。今後、AIの次に登場する技術や革新が何なのかはわかりませんが、新しいものに触れたときに、自分がそれを「嫌う」のか「嫌われる」のか、楽しみでもあり不安でもあります。

記事タイトルAIを嫌う人、AIに嫌われる人
掲載日2026年1月17日
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