何でも「ヤバい」に歴史あり
「誤用OK」に異議あり!
「言葉」は生きもの、つまり時代やシチュエーションによって変化するもの。ここまでは私も異議なしですが、「だから誤用してもよい」には異議あり!なのです。実際に、かつては誤用だったものが転じて現在ではそちらが主流の意味になっている、という例は多数あります。しかし重要なのは「転じる」ポイントです。大半の人の共通認識となっているかどうかが境目なので、「言葉の意味は変わるし、誤用オールOK」ではないわけです。
もとはポジティブな意味だった
誤用が逆に中心的な意味になった言葉の例として「破天荒」があります。本来は、前人未到の偉業の達成を指す褒め言葉でしたが、漢字の「破」や「荒」のイメージのせいか、今では暴れ回ったり、めちゃくちゃなことをしたりする非常識な人を指すことが多くなりました。「潮時」も、現在では物事を止めるべきとき、引き際だと受け取られがちですが、かつては「物事を行うのに最もよいタイミングやチャンス」を指していました。
「ヤバい」の大先輩?「あはれ」
近頃、語源辞典を買ってまさに言葉の流動性を実感しています。古文の授業に必ず出てくる「あはれ」は、もともと現代の「ヤバい」と同様にきわめて多義的な言葉でした。それが鎌倉初期に「あはれ」を強調する促音(小さい「つ」)を挿入した「あっぱれ(天晴れ)」が成立して以降は、「あっぱれ」は賞賛、「あはれ」は悲哀の意味合いをそれぞれ担うようになったそうです。
多義語の向かう先
日本の「ヤバい」だけでなく、英語圏でも若者を中心に多義的で使い勝手の良い言葉は常に存在します。それらが、いずれ「あはれ」のように分化して定着していくのか、一過性の流行語としてのちに懐かしむ材料になるのかはわかりません。
正しいかより、伝わるか
「言葉」は芸術的な表現も可能ですが、いちばん根っこにある役割はコミュニケーションツールのはず。ですから、権威がありそうに見える辞書的な意味だけが絶対なのではなく、「どれだけ相手に伝わるか」が何より重要です。正しいか正しくないかよりもそちらに意識を向けつつ、言葉の変化を見守りながら面白がって、使いこなせるようになりたいですね。
| 記事タイトル | 何でも「ヤバい」に歴史あり |
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| 掲載日 | 2026年6月27日 |
| カテゴリー | ブログ |
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