「現代アート」食わず嫌い
食わず嫌いへの気づき
今回は、「わからない!」が分かるようになった訳ではないけれど、なんで分からなかったのかが「わかった!」ので、すっきりした話です。今年に入ってから、現代アートにはなぜ『無題』が多いのかについて取り上げました。『無題』の時もそうですが「意味わからん」と敬遠してきたことでも、ほんの少し知る機会を得られるだけで溜飲が下がるものだと実感しました。
「わからない」が正しいとき
私はアートに詳しくはないものの、しばしば美術館の展覧会に足を運ぶ程度には関心を持っています。しかし、現代アートは苦手でした。他の時代のアート作品と比べて、パッと見て美しくないものの割合が高い気がしますし、何しろ「意味わからん」の連続です。自分に知識や審美眼がないからと諦めて避けてきましたが「意味わからん」という感想こそが正解だったと知り、とたんに現代アートへ向ける眼差しが寛容になりました。
「さらばのこの本ダレが書いとんねん!」
現代アート食わず嫌いを解消できたのは、お笑いコンビ、さらば青春の光の番組で紹介された『現代アートがよくわからないので楽しみ方を教えてください』という書籍との出会いです。タイトルからして、まるで自分の寝言を聞かれていたかのような、渡りに船の一冊でした。本の内容をふまえると、現代アートが「意味わからん」のは、そもそも意味を提示していない点にあるようです。
無いものは見つからない
現代アート以前の作品には、多くの人が共有できる「物語(ストーリー)」が描かれていました。しかし第二次大戦以降を中心とする現代アートでは、その前提が崩れます。共通認識としてある「ストーリー」がないのですから、初見で「意味わからん」となるのは、むしろ自然な反応と言えます。
現代アートは何を描いているのか?
実は、現代アートの中にも「物語」が描かれている作品は、たくさんあります。ただ、その物語は「ストーリー」ではなく「ナラティブ」、つまり個人的で内面的な物語なのです。そりゃ分からんわ!となって当然。しかし、ナラティブであることを承知で鑑賞すると、分からないなりに、分かりそうな気配が見えてきます。「あなたはトトロ?トトロなのね!」という有名なワンシーンでの、通じているような全然通じていないような対話を、アート作品と続けることを楽しめる人なら、現代アートは俄然、面白くなってくるのかも知れません。
ネガティブ・ケイパビリティ
「何やねんコレ」と、時には苛立ちさえ覚えた現代アート。けれども、アプローチを変えるだけで楽しめる可能性が見えてきました。それでもまだ自分が持っている「思い込み」を嗜められているようで、カチンとくる部分もありますが、「そうだったのね!」と腑に落ちる発見が他にもあったので、またご紹介したいと思います。実のところ、個人的に注目している「ネガティブ・ケイパビリティ」の実践として現代アートと向き合うことは、答えの出ないモヤモヤを飼い慣らす格好のトレーニングになるのではないか。そんな期待を抱いています。
| 記事タイトル | 「現代アート」食わず嫌い |
|---|---|
| 掲載日 | 2026年4月18日 |
| カテゴリー | ブログ |
| 表示数 | 11views |