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「自分事」として捉える力

「自分事」として捉える力

昨今、災害や事件の規模が想定を超え、あるいは全く新しい形態で発生することが増えています。高度な情報化社会において、あらゆるニュースが即座に手元に届くからこそ、その多様化と加速をより強く実感するのかもしれません。増大するトラブルの速度や頻度、その影響力に対応するには、平時から多様なメディアを通じて知識を得ておくことが不可欠です。

「自分には起きない」という誤認

被災者や事件の当事者が「まさか自分の身に起こるとは」と口にすることがあります。これは「正常性バイアス」や「楽観主義バイアス」によるもので、「自分だけは大丈夫だ」という脳の拒絶反応が原因です。個人の心理的防衛として理解できる側面はありますが、自治体の担当者が「想定外だった」と準備不足を釈明する姿には、強い危惧を覚えざるを得ません。

身近な事例を「備え」に転換する

身近な人が病気や怪我、事業の失敗に見舞われた際、まずは寄り添うことが最優先です。しかし、事態が落ち着いた後には、それを他山の石として「自分に同じ問題が起きたらどうするか」を検討しておく必要があります。同時代、同環境を生きる以上、直面するトラブルには高い再現性があるため、準備をしておくに越したことはありません。

次世代に継承すべき「適応力」

あらゆる問題を「自分事」として考える力は、単なる知識や経験の量ではなく、思考力や想像力に根ざしたものです。道徳教育で説かれる「相手の気持ちを推し量る」という姿勢は、この危機管理能力の基礎となります。過度な不安に陥ることは避けるべきですが、現実を直視し、適度に備える習慣を子どものうちに身につけることは、強靱な個人、ひいては強靱な社会を築く基盤となるはずです。

記事タイトル「自分事」として捉える力
掲載日2026年4月25日
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