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セルフディベートは何のため?

セルフディベートは何のため?

今回は、「考えるネコ、想像するイヌ」のメインコンテンツである「セルフディベート」について改めてご紹介します。当サイトのセルフディベートは、競技大会が行われているようなディベートとは異なり、「どちらの意見に、より説得力があるか」というジャッジを下すことを目的としていません。現代社会はとても複雑で、多くの物事は「二項対立では解決できない、簡単に白黒つけられない」という前提のもと、ただ問題の是非や可否を問うて終わりにするのではなく、折衷案を含めた新たな解決方法を見出していくことを目的としています。そのために、まずは「自身の意見」を確立できるような展開を意識しています。さらに、取り上げた問題の「功罪をふまえた上での解決策」を模索するトレーニングに使ってもらえるようなコンテンツを目指しています。

まずは自分について考える

日本人は、自分の意見を明らかにするのが苦手です。これは、表現すること(スピーチや記述など)が苦手な側面と、そもそも自分でさえ自分の意見を把握できていない側面とがあると考えられます。まずは後者を解決するために、「二項対立で終わらせないため」と言いながら、あえて極論同士をぶつけています。理由としては、極端な意見と直面した方が、共感のみならず反感も多少は生まれて「自分はどう考えているのだろう」というものが見つけやすくなると想定したからです。実際に、私自身が何もないところからではなく、他者の見解を知ることで「分かるな」とか「私は違うな」とか「私は全然違うけど、納得はできるな」などを繰り返して、少しずつ自分の意見のようなものが確立していると感じています。

答えを作れる人になる

AIが台頭してきた昨今、生身の人間には「答えのないものに、答えを見つけていく力」が求められています。問題解決力あるいは、問題そのものを見出す力とも言われています。そのために必要な論理的思考力、さらには非論理的思考力にも注目が集まっています。例えば、重大な決定をしなければいけない場面において「デメリットがあるなら止めよう」という選択だけでは、あまりにも短絡的です。検討を求められるような物事には、大抵メリットだけでなくデメリットがあるからです。メリットとデメリットを知った上で、「さて、どうしよう」と展開していけることが本物の思考力と言えます。そのため、セルフディベートを参考に、どちらの意見により賛同できるかだけでなく、新たな方向性を模索してみて欲しいです。

楽ではないけど考えるのは楽しい

セルフディベートは、ふだんはつい受け流してしまうような事柄について、少し立ち止まって考えを巡らせてみる機会を提供をしたいと考えて作っています。とくに2024年に入ってからは、できるだけ幅広い年齢層を対象に、できる限り気軽に取り組めるようなテーマも取り上げてみました。たとえば「きのこたけのこ論争について考える」では、「きのこの山」も「たけのこの里」も美味しくて素晴らしい商品であることは自明なのですが、「私はこっちが好き」という感覚を支えている何かが、実はあるかも知れません。その何かは、そのまんま味覚によるものか、はたまた視覚的なものか、あるいは商品開発のストーリーか。セルフディベートによって、考えることが「面倒くさくてむずかしい」と敬遠されるものではなく、真剣に考えてみたら「案外、面白かった」となるきっかけになれば、とても嬉しく思います。

記事タイトルセルフディベートは何のため?
掲載日2024年3月16日
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