読込中

積んどく?

新語ではなかった「積読」

「積読」は意外と普及している、認知度の高い言葉だと感じます。また、自分よりも若い、20〜30代の人から聞く機会が多く、そのため比較的「新しい言葉」だと思い込んでいました。ところが、明治時代の雑誌や随筆などには「積読」「積毒」「ツンドク家」「ツンドク先生」などの記述があり、当時からすでに使われていたことを知りました。

つんどくの「毒」

「積んでおく」が短く縮まった「積んどく」の「どく」に、積まれているもの(書籍)が推測できる「読」が当てられていて、初見でも字面から意味を掴めます。ただ、明治時代から「どく」に「毒」の字を当てる表記もあり、現代でも「積読が増えちゃって」といった発言からは少々ネガティブな心情が滲んでいます。そこには「買ったものの読んでいない、読めていない」後悔や、自身に対して多少のだらしなさを恥じる心理が読み取れます。

積んでいなくとも

かくいう私も、未読の書籍を一箇所に積み上げてこそいませんが、手元には「積読」が増えて困っています。「今後読む」という意思がある書籍だけで 7冊、すでに読むことを諦めたものも含めると、正直なところ何冊あるか把握できていません。新たに本を買うときに自覚してはいるのです。「前買った本まだ読めてないな」「その前に買ったのもまだ本棚にあるなぁ」と。そんな、自らの自己管理能力に不安を覚えていた折、朗報が目に入ってきました。

積読のメリット

デメリットばかりに目が向きがちな「積読」にも、ポジティブな視点が存在したのです。一度は読みたいと思った本が渋滞しているという事実は、それだけ多くの物事に好奇心を抱けている証拠であり、精神的に健やかな状態であるとも言えます。また、実際に本を積んでいる人にとっては「自分にとって興味があり、その気になればアクセスできる情報が可視化されている」と捉えることもできるようです。

好奇心はバロメーター

たしかに、どんな本を見ても読みたいと思えない、どんな物事に対しても面白そうだと感じられない状態は、精神的にも肉体的にも健康な状態とは思えません。「積読」が増えるのは、興味が持続しなかったり行動に移せなかったりする問題点が見え隠れするものの、好奇心そのものを失ってしまうことと比べれば、大目に見てもよい範囲ではないでしょうか。

夏休みはチャンス?

あれもこれも気になる状況にあるとき、積み上がった書籍の存在を憂う代わりに、「まだまだ若い証拠」だと前向きに捉えてもバチは当たらなさそうです。そうは言っても、増える一方の「積読」。この夏休みに一冊でも多く減らして「積読」リストを少しでも更新したいものです。

記事タイトル積んどく?
掲載日2026年8月8日
カテゴリー
表示数 3views