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辞書をつまみに

「辞書呑み」してみた

先日、テレビ東京の番組『川島明の辞書で呑む』をオマージュした小規模なイベントを開催しました。僭越ながら進行役を務めるにあたり、少しでも知識を深めようと辞書を通読したり、語源を調べたりしました。本家のテレビでは、辞書の編纂者(専門家)の解説によって、知的なバラエティとして成立しているからです。もちろん私の知識だけでは心許ないため、辞書とは対極のイメージを持つ便利ツール「AI」にも大いに助けてもらいました。

謝辞

参加者の皆さまには楽しんでいただけたようなので、胸を撫で下ろしています。なかには、50年以上前に発行された辞書をお持ちくださった方も。おかげさまで、辞書や時代による一つの言葉の取り上げられ方や、語釈(説明)の違いも味わうことができました。時間を割いて足を運んでいただき、誠にありがとうございました。

意味の変遷と語源

以前のブログ「何でも『ヤバい』に歴史あり」で取り上げたように、多義的に使われていた単語が意味によって分岐して別々の言葉となったり、時代が進んで元の意味から反転したりした例は少なくありません。前者の例としては「哀れ」と「あっぱれ」に分かれた古文でお馴染みの「あはれ」が、後者の例では「ヤバい」が挙げられます。今回は少し趣向を変えて、語源と漢字表記についてふれたいと思います。

「当て字」トラップ

漢字表記には「当て字」があるので、語源と結びつかないケースがあります。当て字とは、漢字の本来の意味とは関係なく、ただその音(おん)や訓(くん)を借りて書き表したものです。具体的には「目出度い(めでたい)」や「出鱈目(でたらめ)」などが挙げられます。

エモい語源

一方で、漢字から語源に近づける言葉もあります。たとえば「切ない」を意味する「やるせない」。これは「遣る瀬無い」と書き、「遣る」は送り出すこと、「瀬」は水の流れる場所を指します。水を流す瀬が無いと、水がたまるように「感情がたまってしまうと苦しくなる」、つまり「切ない」につながるのです。中世から使われている、なかなかエモい言葉ですね。

エモくない語源

もうひとつ、漢字と語源が一致している言葉に「戸惑い」があります。現代ではちょっとエモい印象を帯びていますが、語源のイメージは、まるで落語に出てくる間抜けな人物のようです。家や部屋の「戸」が分からなくなって、まごつくことを指していました。現代でも、本来の意味には「方向や状況が分からず困ること」が含まれています。小説などに出てくる「戸惑いの表情」も、まさかドアを見失ってオロオロしている姿が由来だと思うと愉快ですよね。

語源をたどる旅

ひとつの言葉を丁寧に紐解くことは、すぐ何かに役立つわけではありません。けれども言葉の背景にある文化や歴史にふれることができます。生活必需品ではないのに、つい手に取ったり買ったりしてしまう雑貨のように、心をほんの少し豊かにしてくれると感じました。

記事タイトル辞書をつまみに
掲載日2026年7月25日
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