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読書から得られるもの

国語の難しさ

一般に、国語の成績を上げるのは「難しい」「時間がかかる」と言われています。多くの学校や塾で「読書量を増やすこと」を推奨していることがその証左です。これは、国語(現代文)は「これを覚えればよい」や「これをすればよい」という必勝法がないことに起因しています。国語の場合、他の語学(英語や古文、漢文)のようにせっせと単語や文法を暗記するという学習を誰もしませんし、実際に漢字や知識問題(四字熟語や慣用句、有名な作家やその代表作など)の出題ウエイトは全体の1割〜2割程度です。国語は、日常的に使っているから「まさか知らない単語なんてないよね」「何て書いてあるか分からないはずないよね」という前提からのスタートになってしまい、読解力の有無が勝負の分かれ目となります。

知らない言葉とぶつかる

ところが実際には、子どもだけでなく長く日本語を使いこなしてきた大人であっても、知らない日本語はいくらでもあります。また、日常会話は「話し言葉」ですから文章(書き言葉)に馴染みがなく「書かれている内容がよく分からない」のも、いたって自然です。そこで、先生たちは、頻出単語や重要イディオムの参考書の代わりに「読書」を薦めてくるのです。シンプルに物語を楽しむことや、それによって感受性も育まれるなど、読書にはさまざまな効用があります。その中でも、子どもにとっては友達とのお喋りでは登場しない言葉や、大人たちが子どもに合わせた話し方では出てこない表現にふれられることが、とても重要なのです。たとえ知らない言葉であっても「まったく分からない」という可能性は低く、さらに前後の流れから「何となく、こういうことかな?」という想像しながら読み進めていくことが、その先の成長に繋がっていきます。

「思てたんと違う」も、また良し

子どもの頃の読書で知った、何となく当たりをつけていた言葉の意味が、実際には違っていたという経験は、多くの人があるのではないでしょうか。しかし、まずはその「何となく」をできるだけ多くインプットしていくことが、語彙力を豊かにするための基盤となります。ものすごく当たり前のことですが、何となく見たこと、聞いたことがある言葉を増やしていくことで、「知っている」言葉は増えていきます。言葉をたくさん知っていることを「ボキャブラリー(語彙)が豊富」と言いますが、意味を「知っている」言葉は、「理解語彙」と呼ばれています。

「何となく」では終わらせない

「理解語彙」が多い場合は、出てくる単語の意味はおおむね理解しているので、ひとまず文章の内容は分かった気がします。ただし、この段階ではまだ「何となく」の領域から完全には脱出しておらず、分かっている「つもり」に留まっているケースがしばしばあります。「何となく」分かっているつもりを抜け出すためには、「知っている」言葉をどんどん「使ってみる」方法が有効です。「理解語彙」を増やすことで終わらせずに、「使用語彙(=使える言葉)」も増やしていくと、本当の意味でボキャブラリーが豊富になり、自ずと読解力も身についていくのです。

昔より世界が狭くなっている可能性

子どもだけでなく、大人も普段言葉を交わす相手は限られています。その結果、日常的に目にする言葉、耳にする言葉は偏っているはずです。とくに昨今はインターネットとスマートフォンの普及によって、個人の価値観や興味に合わせた情報を選抜して得る機会が多いぶん、ある意味では世界が狭くなっている可能性があります。子どもがスマホで動画を見ているのをよく見ますが、子ども自身も「好きではないもの」や「面白くないもの」をスキップして見る癖がついていたりします。

子どもの世界を広げるには

とは言え、本を読ませることが難しい年齢や段階、個々の性質がありますので、いつでも読書が万能薬であるとは限りません。実は、読書で得られる効果は、他の形でも獲得することができます。たとえば子どもが小学校の中学年、高学年になっているなら、家族と一緒に大人向けのニュース番組を見るのも一つです。目的は、難しい政治や経済について詳しく学ぶことではなく、戦争や事件のこと、経済のことなどを「何となく」知るだけで良いのです。そして、ニュースの最後に差し込まれる箸休め的なコーナーで、季節ごとのお祭りや「打ち水」などの風習を知る機会は、必要以上にパーソナライズ化されたネット動画からは得難いものです。意図的に知らない物事にふれさせることで、まずは「何となく」分かるを増やし、さらに「何となく」を脱却することを促してみてはいかがでしょう。

記事タイトル読書から得られるもの
掲載日2023年9月16日
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