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守破離

サンクチュアリ-聖域-

2023年も終わりに近づいてきました。上半期の話題作ですが、Netflixオリジナルのドラマ「サンクチュアリ-聖域-」は評判どおり良かったです。配信がスタートしたときから気になっていたものの、もともと「大相撲」が好きな私は、相撲の扱われ方がいい加減だったらどうしようという心配もありましたが、それは杞憂に終わりました。全体的には、(なぜかずっと人気のある)ヤンキー漫画の実写化作品のようなノリで分かりやすく、定番の立身出世ものなので、多くの人にとって楽しめる作品になっていたと思います。サクセスの過程には、金、女、ライバル、裏切りなど王道の要素が盛り込まれ、エンタメ性も十分でした。

お相撲さん=「関取」ではない

ドラマの内容は、とにかく喧嘩だけは強い10代の少年が、相撲部屋の親方に「稼げるぞ」とそそのかされて、関取を目指す青春ストーリーです。主人公は体格が良く、柔道では実績があったので、同年代の若手力士が相手なら圧勝できていました。そのせいか初めは相撲をかなり見くびっていて、稽古も真面目にしません。絵に描いたような生意気なキャラクターの主人公でしたが、ポテンシャルとセンスだけでは十両以上の先輩力士にどうしても勝つことができず、紆余曲折を経て「シコをふむ」などの基本に忠実な稽古に精進するようになり、さらに強くなっていくというとてもベタな展開。ちなみに、テレビ中継されているのは十両以上の上位力士の取り組みで、十両より上の階級に「幕内」があり、その幕内の最高位が「横綱」です。さらに「関取」とは、十両以上の力士の総称で、それより下の階級(幕下)のお相撲さんはまだお給料ももらえません。「サンクチュアリ」の中で親方の言っていた「稼げるぞぉ」は、「関取になったら」という条件が意図的に省略されているのです。

守破離の「守」の重要性

昨今、実際の大相撲でも、まだ髷(まげ)も結えないような若手力士が幕内にスピード昇進してくるなど、ドラマさながらの盛り上がりを見せています。今、親方になっているような人の中には「昔はバリバリのヤンキーだった」みたいな人もいますが、近頃のお相撲さんはいたって真面目な人が多く、よく研究して考えながら相撲道を邁進している点がドラマとの違いでしょうか。相撲は短時間で勝敗が決まり、格闘技の中でもシンプルな印象がありますが、そのぶん奥が深い競技です。とくに、ドラマでも取り上げられていた「四股(シコ)をふむ」という稽古は、主人公や相撲に関心のなかった女性記者の視点からは、初めは伝統だけで無意味なものとして軽んじられていました。けれども本物の相撲を見ていると、つくづく「四股をふむ」ことの重要性に気づかされることが多いです。

伝統=「迷信」でなはい

相撲に限らず、基礎固めのトレーニングはどうしても「古めかしいだけで(科学的)根拠に乏しい」と思われがちです。実際にこれまで「そうするのが当たり前」になっているだけで、デメリットの方が大きい「うさぎ跳び」のようなトレーニングも存在しただけに、判断のむずかしさはあります。しかし伝統的なものの中には、その根拠や効果がきちんと言語化されていないだけで、あるいは科学の方がまだ追いついていないだけで、根拠も効果もしっかりしているケースが案外あるものです。「四股をふむ」にも、下半身の筋力や柔軟性の強化と体幹を鍛える効果があり、勝負に勝つためだけでなく、怪我を防ぐためにも重要なトレーニングです。しかも「一連の動き」でそれらを鍛えられる効率のよさもあります。

強い人ほど言語化できている

大相撲の中継で解説を聞いていると、伝統的な事柄(相撲の基本)について「伝統だから、そういうものだから」ではなく、きちんと言語化して伝えられる指導者が増えてきたように感じます。とくに元横綱の白鵬さん(現:宮城野親方)や鶴竜さんは実に理論的で感心します。昔からあるもの、やっていることを「古いから間違っている」と頭から決めつけてしまうのは、あまりにも短絡的です。「古さ」は「歴史」ですから、その中には「実績(データ)」が必ずあります。そういったものをエビデンスとして「意味や意義がある」点を言語化していくことが、大袈裟に言えば、現代に生きるものの使命なのかも知れません。

記事タイトル守破離
掲載日2023年11月25日
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