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ボランティア活動について考える

ボランティア活動について考える
前提となる事実
コロナ禍以前、日本において直近の1年間でボランティア活動をしたことがある人の割合は26%です。

ボランティア活動に賛成

充足感が得られる

ボランティア活動に参加した大学生に対する調査では、自らの意思で「能動的」に参加したか、授業やゼミの一環で「受動的」に参加したかに関わらず、参加して「よかったこと」として最も多かった回答は「楽しかった」でした。他にも同じ調査では「よかったこと」として、4割近くの学生が「相手から感謝された」ことを挙げ、3割以上の学生が「達成感や満足感を得られた」と回答しています(参考01)。「情けは人のためならず」という言葉があるとおり、ボランティア活動は人を助けるばかりではなく、参加した自らが満たされる行為と言えます。

知見が広がり学習効果も見込める

上記のアンケート調査では、ボランティア活動に参加した学生は「自身のものの見方、考え方が広がった」というポジティブな感想を持っており、やや消極的な理由で参加した者でさえ「関心のある分野や社会問題の現場を見られた」と実感していました(参考01)。また、学生自身の感想に留まらず、ボランティア活動に参加経験のない学生よりも、参加したことがある学生の方が、さらに参加経験のある学生の中でも継続的に取り組んだ学生の方が、高い学習効果を得ているという調査結果も存在します(参考02)。

社会を支える大きな柱のひとつである

高齢者人口の割合が圧倒的に高く、さらに自然災害が頻発する日本では、人々の暮らしを守るにあたって国や自治体の支援だけでは不十分です(参考03)。自然災害が発生した緊急時だけでなく日常的な高齢者支援などでも、多くの人手が求められている状況において、民間のボランティアは無くてはならない存在です。民間のボランティアは、自らの生活がままならなくなった時を想定して備えておく「自助」と、公的な福祉サービスである「公助」との間に生まれてしまう穴を埋めるための「互助(助け合い)」として、社会において重要な役割を果たしているのです(参考04)(参考05)。

ボランティア活動に反対

時間を奪われる

ボランティア活動では、費やした労力の対価(報酬)は得られず、必要な費用(交通費や食費)を自ら負担する上に、多くの時間も提供しなければいけません。支援を必要としている人たちに、金銭や品物を「寄付」することと同じく、ボランティア活動に参加するということは、自らの労力と時間を「寄付」することなのです。日本では大半の人が「誰かを助けたい」と考えています(参考01)。企業によっては「ボランティア休暇」を取得できるケースもありますが、日本全体の有給休暇取得率は、2021年でおよそ56%であることから(参考02)、社会人の多くはボランティアに参加する「時間がない」のが現状です(参考01)。

ありがた迷惑の可能性

「何か良いことをしたい」気持ちだけが先行してしまい、ボランティア活動に参加する際には、自分の面倒は自分で見なければいけないことを認識できていない人も少なくありません。とくに被災地に赴くような場合、ボランティアは自らの食事は準備していく必要があり、また自身の排泄物も含めてゴミを残さない配慮が必要です。けれども、そこに思い至らなかったボランティアが、かえって現地に迷惑をかけてしまった事例があります(参考03)。また災害ボランティア以外のケースでも、イベントの当日に参加を無断でキャンセルするなど、無責任によるトラブルが多く発生しています(参考04)。

本来は当たり前の行為

日本人の、8割以上がボランティア活動に関心があるにも関わらず(参考01)、多くの人が参加をためらう理由として、その組織的な活動に「ハードルの高さ」を感じていることが挙げられます(参考05)。組織的なボランティア活動は、「気軽に、できる範囲内で無理なく行いたい」という個々人の希望と見合わないからです(参考01)。本来、日本を含めたアジアの多くの地域では、困っている人がいれば助けるのが人として当然の行為であり、また「明日は我が身」という考え方から、助け合うのは「お互いさま」だという考えが根付いています。日常的にそれを実践するのが本懐であるため、ボランティア活動と称される非日常感に抵抗を示して当然なのです。

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