不老不死について考える
不老不死は実現した方がよい
追い求めることで得られるものがある
人類の不老不死への強い憧れは、長寿の実現や科学の発展に大きな役割を果たしてきました。不老不死は、文献に残っているだけでも紀元前2世紀ごろから、人類の追い求める夢のひとつでした。歴史に名を残す権力者が不老不死を求めたエピソードも多く、たとえば始皇帝が不老不死の薬と信じて水銀を飲み続けたことで、結果的に中毒死したとされています。しかし、そのような数々の失敗の過程で、熱心に探究したからこそ発見できた物質があったり、未開の土地が見つかったりすることもありました。長い歴史の中で、ときには狂気に近い形で不老不死を追い求めてきたことが、薬草やアンチエイジング効果の高い食物の獲得につながり、「人生100年時代」の礎となっているのです(参考01)。
時間を得て広がる可能性
不老不死に近づく技術として「コールドスリープ」や「冬眠」についての研究が注目されています(参考02)。実現すれば、広大な宇宙への有人探査が可能になるでしょう。また時間に限り(寿命)があるせいで、志なかばで終わってしまっていた学問や鍛錬、創作についても、不老不死の実現によって個々が追求し続けられるようになります。その結果、人類全体としてもこれまでには見られなかったような成長や発見の可能性が高まります。
未来に責任を持てる
人生の100年では完遂できない長期的プロジェクトが存在します。たとえば、温室効果ガスによる気候変動などの環境問題については、産業革命の始まりから現代までの二酸化炭素排出量の推移や平均気温の上昇を参考に、そこから未来への目標が掲げられており、まさに数百年の単位で考える必要があります(参考03)。不老不死=「生き続ける」ということは、1人の人間としての「連続性」を持つということです(参考04)。もし人間が生き続けられるのであれば、環境問題に代表される様々な問題(日本においては年金問題など)を次世代に託すような無責任な形にならずに、自分ごととして真剣に向き合うようになるはずです。
大切な人を失わずに済む
不老不死が実現すれば、自分だけでなく、自分にとって大切な人も死なずに済みます。家族や友人との死別は、人生において最大の苦痛として挙げられるできごとです(参考05)。その喪失感を人生から排除できるだけでも、不老不死には大きな価値があるのです。
参考資料
- 参考01「第1回〜不老不死と狂気から始まったアンチエイジング/iPS細胞から宇宙まで〜アンチエイジング最前線」ナショナルジオグラフィック/株式会社日経ナショナルジオグラフィック
- 参考02「人間も冬眠できる?もはやSFでない【人工冬眠】研究~医療や宇宙分野への期待も!」サイエンスZERO/NHK
- 参考03「第2章地球温暖化の実態〜科学は何を明らかにしたか」環境省
- 参考04「結局、【不老不死】は実現できるのか。(前編)-生命科学者がひも解く『不老』と『不死』」Sustainable Times(サステナブルタイムズ)/株式会社ユーグレナ
- 参考05「『大切な人の死』に直面したら、するべきこと〜知っておきたいグリーフ(悲嘆)ケアの具体例」東洋経済オンライン/株式会社東洋経済新報社
不老不死は実現しない方がよい
有限であることの価値
人間は寿命という「期限」があるからこそ、奮起できたり、創意工夫できたりします。寿命がなくなると、あらゆることに対して「いつになってもよい」「いつでもできる」とルーズになってしまうことが予測されます。また、期限がなくなると、途中で飽きてしまう可能性が高まり、目的意識を持ち続けることも困難になるでしょう(参考01)。命に期限がなくなり制限がなくなることは、一見自由に見えても、とても不自由な状態だと言えます(参考02)(参考03)。
終わらない恐怖
命に終わりがなければ、延々と続けることの「つらさや苦しさ」も生まれます。肉体的な老化を停止できたとしても、精神的な年齢は重ねていくことになります。長く生きてきた経験によって、ある程度は感情の起伏をコントロールできるようになったとしても、日常をくり返すことに疲弊したり、二度と体験したくないと感じた不幸が再び巡ってくることも考えられます。つまり社会として、個人が「生きるのをやめたくなった」ときの選択肢を用意する必要が出てくるはずです。不老不死が実現していない現状でも、生命の尊厳や「死ぬ権利」についての議論は尽きません(参考04)。まして「死なない」という不自然な状況を手に入れたときに直面する倫理的な問題は、避けて通ることができません。
自然の摂理に反している
誰もが不老不死を手に入れれば、人口は増え続けることになります。人間の寿命が無限になっても、地球の資源は有限であるため、食糧やエネルギーなどは不足することが予想されます。その結果、特定の人間だけが不老不死を手に入れる方向に進むでしょう。誰を不老不死にするのか選抜する場合、ここでも倫理的な問題が発生します。また、生物学的観点によると「死」≒「細胞死」は環境変化への対応に必要なものとされています(参考05)。東洋思想の「諸行無常」だけでなく、物理学における「エントロピー増大の法則」においても、すべての事象は変化するとされています(参考06)。なかでも生物は、次世代に生まれ変わることで、周辺環境の変化に対応できるようになり、「種」として生き残れるのです。不老不死は肉体的な成長を止めることと同義であるため、人間だけが、人間を取り巻く森羅万象の成長や変化から取り残されてしまうかも知れません。
参考資料
- 参考01「『締め切り』がもたらす多大過ぎるメリット。心理学を活用してさらにパフォーマンスを上げる方法」/Lifehacker Japan(ライフハッカー・ジャパン)/株式会社メディアジーン
- 参考02「『満たされるほど不自由になる』と老子が説く真意〜論語と老子に学ぶ「欲」との正しい向き合い方」東洋経済オンライン/株式会社東洋経済新報社
- 参考03「ポジティブな『不自由』が自由な発想を生む。不自由で自由をつくる」Forbes JAPAN(フォーブスジャパン)/リンクタイズ株式会社
- 参考04「死ぬ権利と死ぬ義務 : 日本、欧米の医療者・生命倫理学者の意識」J-STAGE
- 参考05「結局、【不老不死】は実現できるのか。(後編)-『死』がもたらすメリットってなに?」Sustainable Times(サステナブルタイムズ)/株式会社ユーグレナ
- 参考06「逃れられない宇宙の大原則(No.13エントロピー)/フシギなTV」NGKサイエンスサイト/日本ガイシ株式会社